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フラッシング-メイン・ストリート駅(Flushing - Main Street)はニューヨーク市地下鉄 IRTフラッシング線の北側ターミナル駅で、クイーンズ区フラッシングの中心部、との交差点付近にある。メイン・ストリート駅またはメイン・ストリート-フラッシング駅とも呼ばれる。7系統が終日、<7>系統がラッシュ時の混雑方向に運転されている。 フラッシング・メイン・ストリート駅はもともとはインターボロー・ラピッド・トランジット(IRT)とブルックリン・マンハッタン・トランジット(BMT)との間のの一部として建設された。1928年1月21日に開業し、当駅の完成をもってフラッシング線のクイーンズ区内部分が完成した。さらに東に延伸する計画もあったが、これまでのところ建設されていない。1990年代には駅施設の改築工事が行われた。 2014年には1908万5948人が当駅を利用し、これはニューヨーク市地下鉄の中で12番目に多く、マンハッタン島外の駅では最も多かった〔。 == 歴史 == 当駅は、フラッシング線を当時の終点だったから延伸する際のに基づいて建設された。路線が計画された1910年代当時は、フラッシングの中心部は静かなオランダ植民地スタイルの村であった。現在のルーズベルト・アベニューはアミティ・ストリートと呼ばれ、ネイバーフッド内でも大きな商店街になっていた〔〔 〕。建設にあたって地元住民の反対や資産価値の下落、高架駅を設けるとアミティ・ストリートの拡幅が必要になることなどから地下駅とすることになった。このため、当駅はフラッシング線において7つしかない地下駅の1つ、クイーンズ区内の3つの地下駅の1つ、より東にある唯一の地下駅になった。駅およびを渡る2階建ての橋の建設は1923年4月21日に始まり、駅はオープンカット工法で建設された〔。1927年に橋が完成、1928年1月21日には駅も開業し、現在に至るまで使用されている〔〔〔。 駅の開業により、フラッシングの中心部は商業化が進み、交通の拠点ともなった。利用客の増加に伴い、第二次世界大戦後には東口が増設された〔。1999年から2000年にかけて大がかりな改築工事が行われた。これは1970年代から計画中だったもので、この改修工事により1990年障害を持つアメリカ人法(ADA)に準拠したアクセシビリティ向上が図られた。また、線路の車止めのずっと先、駅の東端部のリップマン・プラザ寄りに新しい入口とエントランスホールが設けられた〔。 フラッシング-メイン・ストリート駅は2004年にアメリカ合衆国国家歴史登録財に指定された。 また、当駅があるフラッシングの中心街はフラッシング・チャイナタウンとしても知られ、ニューヨーク市でも最大のアジア人街の一つになっている。 抄文引用元・出典: フリー百科事典『 ウィキペディア(Wikipedia)』 ■ウィキペディアで「フラッシング-メイン・ストリート駅 (IRTフラッシング線)」の詳細全文を読む スポンサード リンク
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